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森田療法と大脳生理学(1)神経症の原因は扁桃体と前頭前野のせめぎ合い

 
今日の大脳生理学では、喜怒哀楽などの感情は大脳辺縁系によって作り出されているということが定説になっています。大脳辺縁系は大脳皮質に囲まれて脳の中心部に押し込まれているように見えることから辺縁系などと何か大脳の付け足しのような呼ばれ方をしていますが、実際は、発生学的には大脳辺縁系のほうが大脳皮質よりはるかに古く、「古い脳」とも呼ばれています。つまり、まず大脳辺縁系があって、その周りに大脳が発達してきたのです。大脳辺縁系には、外側から帯状回、脳弓、海馬、扁桃体などの器官がありますが、その中でも直径数センチのアーモンド型の扁桃体(扁桃というのはアーモンドの和訳)は人類がまだ魚類として誕生した5億年前から備わっていたもので、生存にとって極めて重要な役割を担ってきました。最大の役割は、敵の来襲などの危険をいち早く察知して逃走するか、あるいは闘うかのシグナルを発することです。このことから、扁桃体は「逃走あるいは闘争」の器官とも呼ばれています。

今日、人間の不安や恐怖の感情はこの扁桃体によって生み出されていることが明らかになっていますが、もともと危険を察知するために必要な機能を持っていたということです。ですから扁桃体が損傷すると、危険な状況が迫っていても、それを認識できないだけでなく、他人の不安や恐怖の感情さえ分からなくなります。

 しかし、もし我々人間が扁桃体が生み出す不安や恐怖のままに行動したらどうなるでしょうか。抑制の効かない動物のようになってしまうと言われています。実際、有名な例があります。アメリカの鉄道作業員が事故で大脳の前部に当る前頭葉を損傷した結果、知力には問題が無かったのに感情を抑制することが出来なくなって、全く人が変わったようになってしまいました。このことから、前頭葉、その中でも前頭前野という部分に感情を抑制する機能があることが分かってきました。

 実は、前頭前野が損傷しなくとも全く機能しなくなることは、この例を待つまでもなく私たちは知っています。いわゆるパニックです。ニューヨークの9.11のように想像を絶するような大事件では前頭前野が機能停止し、扁桃体の思うがままになってしまうのです。多くの市民が絶叫して逃げ惑ったシーンは記憶に新しいところです。これも扁桃体と前頭前野の関係を知るうえで重要な事実です。
 
さて、ここから本題の神経症の問題に入って行きます。
神経症と一口に言っても様々な形態があって事情が大分異なります。それを全部網羅するのは別の機会にすることとして、ここでは最も多いとされる対人恐怖を代表例として取り上げます。対人恐怖は神経症全般に共通する不安や恐怖を理解するうえでは最も分かりやすいものです。
対人恐怖症で多いのはあがり恐怖で、人前でのあがりや緊張で思うように話が出来ず、これを考えただけで眠れなくなったり、重症になると会社や学校に行けなくなったりするというものです。
多くは十代の多感なときに発症しますが、大人になり社会人になってからという場合もあります。
人によっては小さいときから人見知りで引っ込み思案であったという例もありますが、小さなことにくよくよする悲観的な人や、なんでも完璧でないと済まない完全主義や潔癖主義の人などいわゆる神経質性格の人が掛かり易いと言われています。
発症のきっかけも様々ですが、人前で赤恥を掻いたようにはっきりしている場合もあれば、原因が分からずいつの間にかなったなどという場合もあります。
さて、こうしたあがり恐怖の人が苦手としている場面が近づいて来たと想像してください。例えば、数日後に大勢の社員の前でスピーチをしなければならないとしましょう。
この人を仮にAさんとします。Aさんはその日のことを考えると、もう仕事も手に付きません。眠ることさえできません。きっと、皆の前であがって立ち往生して醜態を晒すに違いないと思って気が気ではないのです。話の内容を考えるよりも、いかにあがらずに話すかばかり考えています。あがりさえしなければ皆を感心させるような中身のある立派な話が出来るはずなのに、あがるから碌に話も出来ないと思い込んでいます。皆の前で恥を掻くくらいなら会社を休もうかとさえ思っています。
こういう人で、なんとかしてこのあがり恐怖を克服したいと思う人は話し方教室などに通うかもしれません。しかし、そこでの最大の関心事は話の内容を磨くことより、いかにしてあがらずに皆の前で話すかと言うことでしょう。話の内容を磨きたいという人は話し方教室よりは、自己啓発セミナーなどほかの教室に通うだろうと思います。
あがらないようにしたいと思っている人たちは一様に、「あがる」という感情は、訓練次第であがらなくなると思い込んでいます。それは人間はあがらないのが正常で、世の中にはあがらない人が一杯いると思っているからです。例えば、日常テレビで見るタレント、コメンテーター、俳優、スポーツ選手などはあがりとは無縁の人たちに見えます。また、自分の周囲を見渡しても、常に堂々としていて人前でもなんら臆することなく話すことが出来る人ばかりだと思っています。こういう人は、あがるのは自分一人かあるいは少数の気の弱い者だけの異常なものだと思って強い劣等感を抱き、誰にもそのことを打ち明けようとしません。とくに完全主義、理想主義の強い人は自分の弱みは人に知られたくないと思いますから、一層のこと自分の殻に閉じこもるようになります。こうなると、日々が「あがる」こととの闘いになり上述の話し方教室に通ったり、「あがらなくなる本」などといういかがわしい本を買って読んだりして、なんとか克服しようと涙ぐましい努力をすることになります。

 しかし、この「あがる」という感情は本当に異常なものなのでしょうか?確かに世の中には、あがったことが無いなどという人がいますが、これは極めて例外で、テレビタレントや俳優など「あがり」とは無縁に思える人たちでもあがる人は多いのです。中には、有名な俳優でもあがり恐怖症を自認するような重症の人もいます。勇気を出して自分の周囲の人に、「あがることはあるか?」と聞けば、ほとんどの人は「あがることはある」と答えるでしょう。あがったことが無いという人も、「あがる」ということを強く意識することが無いから、そう思うだけで人間である以上実際には誰にでもあり得ることなのです。しかし、ひとたびあがり恐怖になった人に、「誰でもあがることはあるのだから気にしないで」などと言ってもほとんど効果がありません。「私のあがり方は普通の人とはわけが違うんです」と言って聞き入れようとしません。中には、自分のあがり方がどれほどひどいものか自慢をするような人もいます。こういう人には、誰でもあり得ることだと言っても、けっして信じようとしません。「誰にでもあることだから心配しないで」などと慰めようものなら、かえって一段と自信を失うということにもなります。しかし、実際はあがりに敏感になっているだけで特別に異常だと言うことではありません。なぜ、強く感じるのかについてはあとで述べることとして本題に戻ります。
実は、この「あがり」や「緊張」も扁桃体が引き起こしているものです。誰しも多くの人の前でみっともない失敗はしたくありませんから、そういう場面に遭遇すると扁桃体は「不安」という警戒信号を発信します。特に失敗が許されないような重要な場面であればあるほど、この警戒信号は強くなります。

 さて、この警戒信号を大脳が受け取ったとき、大脳はどうするでしょうか?さきほど、大脳の中の前頭前野には感情を抑制する機能があることをお話ししました。前頭前野はこうした感情を抑制する、理性の中枢です。ここが最も人間的な部分で我々が意識的に何かをするときはこの部分が働いているのです。我々が神経症を考えるとき、この前頭前野の働きと扁桃体との関係が重要になってきます。
扁桃体が「不安」という警戒信号を発すると、前頭前野は大きく分けて2つの違った反応をすると考えられます。
ひとつは正常な反応です。ここで取り上げている「あがり恐怖」の例でいえば、あがり恐怖のない健常者の反応ということになります。ここではこれを仮に順応反応と名付けておきます。
この場合、前頭前野は「不安」の信号を受け止めて、その「不安」にどう対処したら良いのか論理的な判断をします。「話すこと」を例にとれば、「不安」を取り除くには、どのような内容の話を、どのように話したら良いのかと思案を巡らし、最良の方法を考えます。それを意識的にする場合もあれば、無意識的にする場合もあります。

 これに対して、二つ目の反応は、あがり恐怖のある人の反応です。
この場合、前頭前野は「不安」という警戒信号を過敏に受け止め、過剰に反応します。順応反応のように冷静に対処することが出来ず、どのような話を、どのようにしたら良いのかと思案を巡らせる余裕すらありません。そうなると、「不安」という警戒信号そのものを敵視し、なんとかこれを静めようと無駄な努力をすることになります。ところが、困ったことに警戒信号は敵対すればするほど、より一層強くなるという性質があり悪循環に陥ります。つまり扁桃体が過活性の状態になって、手が付けられないような状態になってしまうと考えられるのです。ここではこれを仮に「敵対反応」と呼ぶことにします。これも意識的にする場合もあれば、無意識的にする場合もあります。

なぜ扁桃体が過活性の状態に陥るのかは推測の域を出ませんが、発生学的な説明は可能だと思います。つまり、扁桃体は発生学的に極めて古く(5億年前)、しかも生存にとって本質的な機能ですから、いくら前頭前野が人間の叡智が登りつめた強力な器官であるとしても、太刀打ちできません。考えても見てください。人類の起源を太古の類人猿と見て、その頃から前頭前野が発達を始めたと考えてもせいぜい数百万年前です。その古さを扁桃体と比べても2ケタも違うのですから、扁桃体を完全に制圧するなどは無理です。横綱と平幕の違いほどもあります。単に制圧が無理だというだけでなく、厄介なことに、制圧しようとすればするほど、警戒信号が強くなって、一層制圧が困難になるという性質を持っていると考えられます。こうなるとあがり恐怖の人は、「あがり」の制圧に意識の大半を取られ、肝心の話すという行動がおろそかになります。そして、しどろもどろになったり、立ち往生したりということになるのです。これがいわゆる神経症の原因です。

森田正馬(1874年~1938年)が活躍していた頃には、まだ、大脳生理学が発達しておらず、扁桃体の機能も知られていませんでした。しかし、森田は神経症の原因は不安な感情を取り去ろうとして不可能なことを可能と勘違いした結果だと喝破し、これを「思想の矛盾」と表現しました。また、敵対反応を繰り返すことによって不安な感情が却って強くなることを「精神交互作用」と呼んだのです。
さきほど、あがり恐怖の例で、あがるという感情を異常に強く感じるようになると言ったのは、この精神交互作用によって扁桃体が過活性になるからなのです。森田は扁桃体の機能は知りませんでしたが、早くから人間の感情にはこうした作用(現象)があることに気が付いていたのです。

森田は、「感情は時間の経過とともに収まる」とも言いました。この言葉を表面的に見れば常識的な当たり前のことを言ったにすぎず、格別に科学的と評するに値しないものに思えるかもしれません。しかし、この言葉には感情(扁桃体)は自由にコントロールできるものではなく、時間の経過という自然に任せるしかないという事実が法則として表されているのです。これを正しく理解しないと、いたずらに感情を抑制し、精神交互作用を引き起こしてしまうのです。その結果、かえって不快な感情を昂進させるだけでなく、それを排除しようとして無駄な努力をするということにもなりかねません。せっかく話し方教室に通ってあがりを克服しようと思っても、このことが分からないとあがりを克服することは難しいでしょう。
 
森田療法では神経症を克服する方法として「あるがまま」ということを言います。不安を不安として敵視せず、あるがままに受け入れるということですが、この「あるがまま」について次の節で論じます。

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