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体験談

書痙-30代男性、会社員

わたしはもともとひどい癖字でノートも自分で読み返して分からないほど下手糞でした。大学のときはノートを取っているのを隣から覗かれると気が散って講義を聴くどころではなくなるので、休み時間に席を変えたりしたこともあります。ときおり講義をさぼった友人がノートを貸してくれなどと頼んでくるのですが、恥ずかしくて見せられませんでした。これではいけないと思って、就職試験の前にペン字の通信教育を受けてみました。少しはよくなったと思いますが、癖字は相変わらずです。
困ったのは結婚式や葬儀のときに筆で記帳しなければならないことでした。筆などは小学校以来握ったこともありませんでしたし、もともとがひどい字なのですから、人前で記帳するなんてとても出来ません。緊張の余り手が震えて自分の住所さえ書き間違えるほどでした。あるとき住所を間違えて二本線を引いて直そうとしたら、記帳係の人に笑われてとんでもない字になってしまい、その場から消えてしまいたいほど恥ずかしい思いをしたこともありました。結婚してからは、結婚式でも葬儀でも妻と行くことが多くありましたので、記帳はもっぱら妻にお願いしていました。それでも少しばかり会社での地位が上がって来ましたら、付き合いも広くなり、自分ひとりで行かなければならないことも多くなって来ました。一番困ったのが、グループのリーダー役を任されることになって、朝のミーティングで部下に指示を出すときにホワイトボードに目標や指示内容を書かなければならないようになったことです。目標や指示を皆に徹底する意味で代々リーダーは自分の字で書いて皆に示すということをやって来ました。わたしはこれが嫌でリーダーになるのが恐ろしいとさえ思っていました。ところが年齢が来るとほぼ順番で回ってくるのです。いよいよ回って来たときには真剣に会社を辞めようかと思ったほどです。しかし、妻もこどももいて転職も難しいとなれば辞めるわけには行きませんでした。そこでわたしは恥ずかしいと思いながらも、一計を案じました。ホワイトボードに書かなくても良いようにあらかじワープロで一枚紙にプリントして配ることにしたのです。これには上司から異論がありました。当然予想したことですが、わたしは恥を忍んで字が下手なものですからと訴えました。ところが、字が下手でも構わないから自分の手で書けと言われて万事休すになりました。仕方なく、死んだ積りになって書くことにしたのですが、書いた途端に皆が笑うものですから、もう途中から字が書けなくなってしまいました。それを見かねた上司がプリントでもいいと救いの手をだしてくれましたので、プリントを配ったのですが、もう恥ずかしさで気が動転していましたから、プリントの説明もしどろもどろになって最悪のミーティングになってしまいました。ミーティングが終わってからも自分はリーダー失格だと思うと落ち込んでしまって仕事も手に付かない有様でした。上司もわたしの字が下手なことは知っていたと思いますが、こういう事態になるとは予想していなかったようでびっくりしたようでした。自分で言うのは憚られますが、営業成績もよく、まじめにやって来たわたしのこういう姿は想像できなかったのだと思います。上司も心配して、それからはプリントで良いということになりましたが、わたしは恥ずかしさと惨めさで、しばらくふさぎ込んでいたと思います。これではいけないと思って書道の教室などにも通い始めたのですが、泥縄もいいところです。もっと早く問題解決する方法はないかと思っていましたが、わたしのように人前で字が書けないのは書痙ではないのかと思って、近くのクリニックを探して相談しました。ここで書痙と診断されましたが、治療には時間が掛かると言われ緊張したときに飲むようにと精神安定剤を処方されました。確かに薬を飲むと一時的には緊張が緩んで手の震えも少なくなるような気がするのですが、根本的な治療にはならないと思いました。そこで、インターネットで色々と調べていましたら、森田療法が良いというのがあり、更に調べて行ってお茶の水メンタルクリニックに行き当たりました。スカイプで相談をするのは初めてでしたので緊張しましたが、山村先生も書痙ではないけれども、人前で字を書くのは苦手だとおっしゃったので親近感が湧き一遍で緊張が解けました。先生に、苦手なのにどうしたら書けるのですかとお伺いしたら、「俺の字は下手糞だな。こんな字は恥ずかしいな、と思いながら書いています」とおっしゃられたのが意外でした。そんな風に思ったら絶対に書けないと思ったからです。そして、字を直すことは先生には出来ませんが、人前で字を書けるようにすることは出来ますよとおっしゃるので、ぜひお願いしたいと思いました。
 先生に書道を習っているとお話ししますと、出来ることなら続けたほうがよい。やはり字が綺麗なほうが自信を持って書けるからとおっしゃいました。しかし、字が綺麗かどうかは書痙の本質ではない。字が汚くても堂々と書ける人はいる。だから自分が字を書くことに委縮してしまうことがこの病の本質なのだとおっしゃいました。
 あるとき面白い実例の話をしてくださいました。先生が東大の学生だったときに脳生理学か何かの教授の字がとても読めない悪筆だったそうです。読めない箇所が一か所や二か所なら学生も質問するのでしょうが、黒板一杯に書かれた日本語や横文字の至る所が読めないもので、誰ひとりとして質問しない。しかし、それではノートにならないので休み時間になると比較的読み取ることが得意な学生の周りに皆が集まって、ああでもないこうでもないと議論し合ってノートを完成させたのだそうです。先生は、自分だったらあんなひどい字を人前で堂々と書くなんて絶対にできないとおっしゃるのです。
 わたしの場合は字が下手なことにずっと引け目を感じて来ましたから、それを笑われたりすると一遍に委縮していたのです。先生が実例で出された東大教授のような優秀な方ならいくら字が下手でも引け目に感じることがなく、堂々と書けるのではと思い、それを先生に言いました。ところが、先生は、「その教授も自分の字が下手で学生には評判が悪いことくらいは分かっていたはずですし、それを自慢できることだとは思っていなかったはずです。教授が悪筆に悩んでいたかどうかは訊いたことがないので分かりませんが、それでも堂々と人前で書けるだけの強心臓を持っていたか、恥ずかしいと思いながらも仕方がないと諦めて書いていたのではないか」とおっしゃるのです。わたしにはどっちも無理なような気がしましたが、先生は後者なら誰でも出来るとおっしゃいました。
 先生にはまず書道を続けることと、字はできるだけゆっくり大きく丁寧に書いて読みやすいものにするようにとアドバイスしていただきました。これは問題なく出来たのですが、それからが勇気が要ってしばらくアドバイス通りに実践が出来ませんでした。先生からは文章全部を書くのではなく、強調したい部分だけをホワイトボードに書くことを勧められました。この頃は、朝のミーティングではホワイトボードを全く使わないでやっていました。ある朝、勇気を出して「目標」という2文字だけホワイトボードに大きくゆっくりと書きました。わたしがホワイトボードの前に立ったときの皆の反応が忘れられません。この人は字が書けるのかという不安と驚きの顔でした。わたしは緊張していましたが、2文字だけですからなんとか書くことが出来ました。その後は、「何月何日までに」とか「○○万円の利益」とか強調したい部分を少しずつ増やして書くようにしました。すると不思議なことにホワイトボードの前に立ってもさほど緊張しなくなりました。以前はその前に立っただけで頭が真っ白になるような感じだったのにです。慣れて来たら、文章にも挑戦するようにしました。大抵、目標が3つか4つ必ずあるのですが、まず、そのうちのひとつだけ一番重要な目標を書くようにしました。このときは大変勇気が要って、文章の途中で緊張のあまり字が大きく乱れてしまいましたが、思わず「字が汚くて済みません」と言っていました。
 これは先生が何度も言っておられたことなのですが、書痙にしろあがり恐怖にしろ神経症で苦しんでいる人は、自分が字が下手だとか、人前で話せないなどと絶対に言わない。それは自分の最大の弱点だと思っているから、隠そうとはしても、けっして暴露しようとはしない。だから先生は、こういう人には積極的に、「自分は字が下手で済みませんが」とか「自分は人前で話すのが苦手でして」などと最初に敢えて言わせるように指導しているとおっしゃるのです。実は、わたしも自分からは字が下手などとはなかなか言えなかったのです。ところが、この一言で、皆が笑い、字が下手なのも許してくれるような雰囲気になったので気が楽になりました。
 その後、わたしはそれこそ清水の舞台から飛び降りる気持ちで目標全部を手で書くことに挑戦しました。ほんとうに緊張し手は震えていました。皆もはらはらしながら見ているという感じでした。しかし、書き終わったとき期せずして皆から拍手が起きたのには驚きました。皆わたしの努力を理解してくれていたのです。思わず胸がいっぱいになってしまいました。
 この後、上司に呼ばれました。何かと思って応接室に行きますと、「よく頑張った」と言っていただいたのです。そして、「実は大事な部下を潰してしまったかと心配していた」とも言っておられました。上司も皆もわたしのことを心配してくれていたんだなということが痛いほど分かって、わたしは思わず上司の前で涙を流してしまいました。
 最近は葬儀でも結婚式でもさほど緊張することなく記帳できるまでになりました。さほどというのは、やはりまだ人の目が気になりますし、少しは緊張もします。それを先生に言いましたら、「わたしも同じです」と言って笑っておられました。おそらく全く緊張しないという方も多いのかもしれませんが、多少の緊張はあっても字が書けるようになったことは大変な進歩であると思います。これも山村先生のご指導のお蔭だと感謝しています。

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