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体験談

あがり恐怖(2)-60代男性、元公務員

わたしは教習所で教官をしておりました。ですから百人でも二百人でも大勢の前で話をすることは全く苦痛に感じませんでした。ところが、相手が一人だったり、数人であったりすると緊張して話が出来なくなってしまうことで苦しんでおりました。このことで初めて山村先生に相談したとき、非常に驚かれました。大勢の前で緊張して話せないという人は幾らでもあったけれども、あなたのような人は全く初めてだと言うのです。実は、先生と会うまでに病院の精神科を幾つも受診したり、メンタルクリニックなどにも行っておりました。そのたびに、それは贅沢な悩みだと言われて、ほとんど相手にされておりませんでした。ですから、病院はどこに行っても薬も出して貰えませんでした。しかし、先生は非常に珍しいと言いながらも真剣に話を聞いてくださいました。
きっかけを聞かれましたので、恥ずかしいとは思いましたけれど、思い切ってお話しいたしました。実は、このことが始まったのは高校生のときに失恋してからです。わたしはもともと内気なほうでしたから、好きな人にも正直に告白することが出来ませんでした。しかし、当時ほんとうに好きな人がいて、夜も眠れないようになりました。そこで勇気を奮って一度会って欲しいと手紙を書いたのです。いまから考えると、よくそんなことが出来たと思います。よほど苦しんでいたのだと思います。手紙は出したものの断られるのではないかと内心不安でしたが、会ってくれると連絡がありました。嬉しい気持ちの反面、これは大変なことになったという気持ちもありました。自分は何をどう言ったら良いのかと思うと頭が空転して苦しみました。そして、いよいよ会う日になりました。わたしは初めから上がってしまって何を言ったら良いのか言葉が出ませんでした。何も言えないまま十分近く一緒にいたでしょうか。その時間がひどく永く感じられました。もう地獄のようでした。彼女は何の用なのかと何回か訊いたと思います。そのたびに、わたしは「えーと」とか「何でもない」みたいな馬鹿なことばかり言っていたと思います。彼女が苛立つのが分かりましたが、ただ冷や汗が出るばかりでどうしようもないのです。彼女は怒って立ち去ってしまいました。当然でしょう。わたしは不甲斐なさと馬鹿らしさで自分がほとほと嫌になりました。
それ以来、わたしは特に好意を感じる女性と面と向かって話が出来なくなりました。体全体が火照って冷や汗が出てくるのです。それがやがて特に好意を感じるわけでもない女性にも同じように話が出来なくなりました。それでも高校生のときはこの問題は女性に限られていました。
ところが、大学生になるとこんどは男子学生にも同じ問題が出てきました。わたしはど田舎の高校から東京の私立大学に進学しました。周りには知っている友人がいませんでしたから、たまたま同じクラスになった学生と仲良くやりたいと思っていました。その一人とあるとき喫茶店で向かい合っていますと、女性のときと同じように冷や汗が出て来るのです。そして、落ち着かなくなって話をするどころではなくなりました。もう向かい合っていることもままならなくなって、お互いに気まずくなりました。早々に店を出たのですが、この学生に、「君は相当に変わっているね」と言われたのがショックでした。同級生からは変人と思われていたに違いありません。とうとう親しい友人というものが出来ませんでした。
大学を卒業してある県の警察官になりました。わたしのような性格で警察の仕事が務まるのか心配でしたが、意外と規律が厳しい生活は性に合っていました。わたしの性格が問題で仕事に支障が出るというようなこともなかったと思います。ただ、結婚は見合いですが、かなり苦労しました。なにしろ、女性と二人だけで話すのは相変わらず苦痛でしたから話が弾みません。十回以上は見合いをしたと思います。幸い、いまの妻はおおらかな性格で、わたしがこういう性格でも全く気にしませんでした。妻にはほんとうに感謝しています。彼女のような包容力がある女性で無かったら一生結婚することは出来なかったと思っています。
警察では交通畑の仕事を長くやっておりました。そこで退職後は自動車免許の関係で教習所の教官をやっておりました。いつも多くの受講生を前にして講義をするのですが、大勢の前で話すのに不安を感じたのは最初の頃だけで、いつの間にか全く苦痛でなくなりました。
ところが、少人数の場になると、途端にその輪に入ってゆくことが出来ませんでした。この教官の仕事も終わって、あとは永い老後が待っていました。老後こそは親しかった人たちや新しい友人たちと楽しく語らいたいものだと思っていましたが、どうしてもそれが出来ない自分が情けなく、苦しんでおりました。そのとき先生のことを知って相談いたしました。
先生に失恋の話をしたときのことが今でも忘れられません。先生は、幸い自分にはそういう酷い失恋の経験が無いけれども、似たような経験は誰にでもあるのではないか。思い焦がれた恋人であればあるほど、その前で話が出来なくなることは分かるような気がする。恋愛でなくても、例えば、自分の目の前に永い間憧れていた女優でも現れたら、わたしでも一言も言えないだろう。とくに木村佳乃や仲間由紀江のような美人女優が突然目の前に現れたら茫然自失でしょう。こういう人を前にして何も言えない自分が死ぬほど恥ずかしいかもしれない,とおっしゃるので面白い方だと思いました。そして、だから、そういうことで苦しむこと自体は異常なことでもなんでも無い。ただ、通常、そういうことで困った経験があっても、異常なこととは思わないからやり過ごしてしまう。恋人の前で思うように言えなかったという経験は多くの男性ならしていると思う。そのときは恥ずかしいとか、残念だとか思っても、そういうことは当たり前のことなんだと思えば、時間が経つに連れてさして気にしなくなる。だから、悩みとして固定しないのだけれども、あなたの場合は、それが異常なことと思ったのじゃないですか。こんな失態をするのは自分だけで、ほかの人はこんなことにはならないと思い込んだから、それを気に病むようになったということなんじゃないでしょうか、とおっしゃったのですが、わたしはまさにその通りだと思いました。それまでは、どの病院に行っても、そんなことで悩むのがおかしい、贅沢だ、と言われ続けて来たのが初めて理解者を得たような気持になりました。今から思えば、人前で話せない悩みなんて大したことではないと思えるのですが、その大したことでないことが、わたしにとっては大変なことであったのです。わたしは先生のこの言葉を伺ってから、この方の指導を受けてみようという気持ちになりました。とにかく永い老後を妻以外の人間と付き合うこともない寂しい生活は送りたくないと強く思っていました。
原因については、先生がおっしゃる通りだったのですが、じゃあ、どうしたら治るのかということになると、先生にも難しかったようです。色々と試行錯誤をされたと思います。最も効果があったのは、元同僚が集まっていた警察のOB会です。ここでは囲碁や将棋などの同好会がありました。以前は、こういうところは苦手だったのですが、先生に勧められて将棋の同好会に参加することにしました。将棋は好きでしたし、将棋を指している間は相手と話すことも無いのですからさほど苦労は無かったのですが、辛かったのが終わってからの懇親会でした。将棋の話よりも世間話やOBについてのよもやま話なのですが、わたしは案の定困ってしまいました。先生からは、話はしなくても良いから、とにかく相手の話に相槌を打つことと言われていました。自分で話そうとすると焦ったり、苦しくなったりしていましたが、聞き役なら出来ました。そういうことを繰り返しているうちに、聞き役に徹していても会話というものは成立するものなのだということに気が付いて、大きな発見をしたような気持になりました。それまでは、何かしゃべらなければならない、しゃべらなければ人間として失格なのだというような強迫観念を持っていたような気がします。こうして聞き役に徹していても大丈夫なのだということが分かって心に余裕が出て来ると、適当に受け答えが出来るようになってきました。大抵は、「へえ、そうなんですか?」「驚きですね」「それは大変だったでしょう」などと、いまから考えると、いかにも幼稚な反応なのですが、それでもそういう反応を返すと、相手が喋りやすくなるのか一層雄弁になるのが面白いと感じるようになりました。それまでは、人の輪に入ってゆくのは一大決心が要ったものですが、最近は、とにかく入ってみようという気持ちに変わってきました。しかし、いまでもどうしても話に馴染めないということはあります。それがどういう場合なのか、先生に報告して聞いてもらいます。そうすると、先生からは誰だって詰まらないと思ったり、馬鹿馬鹿しいと思ったりする話題というものはあるのだから、一々気にすることはないと言われます。正直言って、いまでも会話に加われないことがあると、自分に悪いところがあるのではないかと悲観してしまいます。先生は、そういうところが神経質者特有の完璧主義の現れなのだとおっしゃられます。自分でもそうなのだろうと分かって来たような気はしています。
まだ、完全に克服したとは言い切れないと思っていますが、先生からは大変な進歩だと言っていただきました。確かに、海外旅行などに行って、見ず知らずの人たちの輪の中に自分が自然にいることなどがあると、随分と変わったものだと自分に感心することがあります。妻からも人が変わったようだと言われて喜んだりしています。まだまだ克服しなければならないことはたくさんありますが、いまは老後の人生が開けて来たような気がしています。先生に感謝です。
 
(山村後記)
わたしも初めてこの方の相談を受けたときには大変驚きました。しかし、人間はどんなことでも悩み、苦しみ得るものだという実例を目の前にしたと思って、大変興味を覚えました。そして、通常では考えられないと思えるこの方の苦しみの中に、人間の悩みの本質があるように思って、徹底的に研究してみたいと思いました。研究などと言うと大変失礼なのですが、結果的にはそれが良かったのだと思います。色々と試行錯誤はありましたが、よくアドバイスに付いてきてくれたと思っています。海外旅行で見ず知らずの人たちと仲良くなれたという話などを伺っていますと、もう健常者と変わらないと思いますが、まだ、本人は満足していないようです。理想を高く設定しているからだと思いますが、そういうところが神経症者の特徴で、もう普通の人とちっとも変らないと思うのに、いつまで経っても不全感を抱えている場合があります。自分のあら捜しをしているようなものなのですが、世の中には、誰が見てもひどいと思う欠陥を抱えていながら本人は全く気にしないという人も多いのですから神経質者というものは本当に損な性格ではありませんか。

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